アート作品の原画をサブスクで自宅に届けてくれるサービス『Casie(かしえ)』。最近のアートへの関心の高まりも手伝って、多くのユーザーに利用されている。そんなCasie(かしえ)の代表を務める藤本翔氏のアートの原体験は幼少期、画家だった父との体験にある。今回は、幼いころからアートに触れ、課題を感じてきた藤本氏に、Casie(かしえ)をはじめるきっかけやサービスの意義、アートに触れる時間の意味などについて話を伺った。幼少期に見た父の苦悩をヒントに起業まずは、自身のアートとの関わりについて、藤本氏は次のように語った。藤本氏:実は、僕はアートの教育を受けた経験が一切ありません。大学では宗教学を専攻しており、イスラム教のコーランをずっと読んで勉強していましたね。社会人キャリアも、商社の営業マンをやって、その後戦略コンサルの会社で9年務めて、そこから会社を立ち上げています。アートとの関わりとしては、自分の父が画家であったことにあります。父はマンションの1階をアトリエとして借りていたため、創作の現場はいつも自分の生活の中に身近に存在していました。残念ながら父は飛ぶように絵が売れるタイプの画家ではなく、創作の才能はあっても作品流通の機会に恵まれなければアートで生計を立てていくことは難しいと幼いころから知る機会がありました。特に、ギャラリー以外で中価格帯のアート作品を流通させる場所が必要だと考え、Casieの事業をスタートさせています。2017年は僕の年齢が父が亡くなった34歳という年齢と同じになる年だったので、その年に起業しました。創り手だけでは難しい「アートを売る」ということ藤本氏の父は作品をギャラリーで受け入れてもらえなかったため、やむを得ず自分で作品を並べて個展を開いていたという。実際に、藤本氏は子供の頃、父に連れられ、30作品程度の作品を搬入する手伝いをしていた。しかし、個展でも厳しい現実に直面する。藤本:個展に来るのは身内ばかり。親戚やアーティスト仲間しか個展には来てくれず、彼らはそもそも作品を買ってくれることはありませんでした。個展は4日くらいで8万ほどかかっていた記憶がありますが、この費用もまったくペイしません。そもそも、身内ばかりなので作品を買う・買わないの商談が発生しない。結局、4日くらい個展を開いても1作品も売れず、売れなかった作品を再度梱包して家に持って帰ります。そのときの父の背中は今でも忘れられません。父の背中を見て、幼心に「下手くそだな」と感じることはありました。まず、集客ができていない。幸運にも誰かが来てくれても、父は口下手で営業もしませんでした。ただ、こうした風景を見ていくうちに、「創り手だから売り手とは違うよな」とも感じるようになりましたね。そこで画廊やギャラリーの必要性についても理解しました。こうしたアートに関する原体験が、後の藤本氏の起業を後押しするようになる。アートを飾るという体験を安く、手軽にアートは美術館などでよく鑑賞されるが、実際に自分の部屋に飾るとなると途端にハードルが上がってしまう。こうしたアートとの関わり方への課題意識から、藤本氏は事業をスタートさせていく。藤本:父のこともそうですが、日本ではアートに関する干渉と所有の溝が深いと感じています。例えば、美術館には行くことはあっても、絵を購入する場に行く人はずっと少ないですよね。この溝を埋めることができれば、より人々にアートを所有したいという感覚を知ってもらえると思っています。そこでCasieではサブスクリプション、レンタルにより気軽にお気に入りのアートを選べるサービスを展開することになりました。絵を飾る、自宅に絵を飾るという体験を手っ取り早く、安くできる。もし気に入ったら、買うこともできる。こうした体験が日本にも必要なのではないでしょうか。藤本氏は創業当初から、アートの貸し出す会社としてではなく、アートの体験価値を届けられる会社にすることを目標としてきた。会社では『FUMU-FUMU』という16ページの薄い小冊子を発行しており、毎月ユーザーにアート情報を届けている。美術館で長い間キャプションを読むよりも、自宅に届く冊子を読む方が手軽に情報をインプットできるだろう。ユーザーの好みに合わせた作品を毎月届ける『Casie for you』『Casie for you』は今年10月ごろから新たにリリースされるCasieのプランだ。なぜここに来て新たなプランが生まれたのか、藤本氏に率直に聞いてみた。藤本氏:『Casie for you』は完全にお客さんの要望から生まれたものです。このサービスでは、Casieにいるプロのキュレーターがユーザーさんのアートに関する好みを聞き、好みに合わせたアートをピックアップしてお届けするというサービスです。ユーザーさんからすると、アート作品が多すぎてどれにしたら良いか迷ってしまいます。そこで、プロの目で選んだアート作品をお届けすることで、新しいアート体験を提供できると考えスタートすることになりました。アート作品を楽しむ機会は必ずしも能動的である必要ないと思います。自分で作品を選んでレンタルするのも良いけれど、逆に自分では全く選ばないであろう作品が毎月届くからこそ発見できる世界もあるじゃないですか。受動的でも一期一会の出会いがあれば、それが次のアートとであるきっかけになってくれるでしょう。効率主義に疲れた人々が「意味」を消費するようになっている社会がアートをどう受容するかは、時代や人々の価値観と共に大きく変わっていく。では、最近は社会がどうアートを捉えているのだろうか。藤本氏は、次のように現在のアートの受容をポジティブに捉えているようだ。藤本氏:僕はアートに対する追い風が来ていると感じています。その肌感覚は僕らの事業の伸び方を見てもそうですし、アートイベントのチケットが飛ぶように売れていることからもわかります。この現象は、効率主義から意味を求めるレイヤーに人々の認識が変化していると考えることもできるのではないでしょうか。この数十年間で便利なサービスが充実しすぎてしまい、むしろ不便なものを探すことの方が難しくなった。そこで現在では、効率より意味の文脈で何かを考える人達が増えたのではないかと考えています。例えば、手作り市場なんて今かなり流行ってますよね。スプーン1本でも、職人が工房でどういった考えを持ってつくっているのか、それによって消費者は5千円でも支払ってしまう。こうした消費者の思考の変化がアート界隈を後押ししていると思います。僕らはサービス利用料の35%をユーザーさんからそのままアーティストに支払われる仕組みにしています。この仕組みによって、責任消費の文脈で消費が行われているように見えます。ユーザーさんは単純にサブスクという消費活動をしているだけではなく、自分の支払っている料金の一部がアーティストの活動の継続に役立っているという感覚。これがまさに意味の消費です。便利なものにただお金を払っているというわけではなく、意味のある消費を体験できることが、僕らのサービスの継続率が高いポイントだと思います。アートをただ楽しむ時間が人生を豊かにする我々はついつい時間に効率性を求めがちだ。最近では「タイパ」という言葉もある通り、人々はますます投じた時間に対して見返りやパフォーマンスを求めるようになっている。一方で、アートを飾ったり鑑賞したりする行為は、こうした生産的や効率性を追求する態度とは対極にあるように思える。藤本氏は、アートに触れ、楽しむ時間を次のように考えているようだ。藤本氏:まず僕らのサービスでは、梱包された絵が宅急便で届くという珍しい体験ができます。ゆっくり作品を取り出して飾る場所を考える時間はCasieならではの体験です。また、「その絵を見ているだけの時間」というのはとても豊かな時間の過ごし方だと思います。現代人は効率を求めるあまり、「ながら作業」が生活の隅々まで浸透しています。ごはんを食べながら動画を見たり、スマホを見ながら音楽を聴いたり…。これこそ効率を追求した現代人の生活の形態ですよね。一方で、「お花に水をあげている時間」というのは、ながら作業が難しい。こうした1つのものごとだけに集中している時間が「豊かな時間」と言えるのではないでしょうか。アート作品の鑑賞も同じで、絵を飾ることを考えているだけの時間、鑑賞しているだけの時間はとても豊かな時間だと思います。美術館だとチケットを買って、大勢の人ごみの中で干渉しなければなりません。でも、自宅であれば、コーヒーを飲みながら原画の鑑賞ができるんです。これは何にも代えがたい時間ですよね。つまり、アートを生活に取り入れることで、効率性を追及している時間とは別の時間、自分の好みや美意識を追求する時間を体験できるということです。美術館ではできない、自宅ならではの鑑賞体験を楽しんでほしい最後に、藤本氏自身が実践する、自宅でのアート鑑賞の方法について聞いてみた。藤本氏:個人的には、飾り方に気を付けることをおすすめします。美術館などでは立ったときの目の高さの位置に作品が展示されていることが一般的です。そのため、外で美術鑑賞をする際は基本的に立って鑑賞することしかないと思います。一方で、Casieのサービスを利用するなど、おうちでアートを楽しむ機会に恵まれた際には、好きな状態でアートを鑑賞することができます。僕の椅子に座った際の目の高さにアートを飾り、ひとりで作品を楽しんでいます。ポイントは、そのスペースに作品以外の余計なものを置かないことです。贅沢に空間を使うことで、作品を鑑賞することだけに集中する優雅な時間を味わえると思います。また、Casieでは作品の返送の関係上、一時的に2枚の原画が手元にある期間が存在します。2枚のアート作品を同時に鑑賞できるのは一定期間だけなので、短い間でそうしたシチュエーションを存分に味わってほしいです。今回お話を伺った藤本氏が代表を務めるCasie(かしえ)は、アートのサブスクリプションサービスで、月額2,200円から、誰でも気軽に絵画をレンタルで飾れる。現在活動中の約1,300名の画家、13,000点以上の絵画から好みの作品を選べ、季節や気分の変化に合わせて最短1ヶ月で自由に作品を交換ができる。ぜひこの機会にアートに触れる時間を創ってみてほしい。Casieのサービスサイトはこちら。