あなたは、動画や音声コンテンツを「1.5倍速」や「2倍速」で視聴したことはありますか再生速度を上げることで視聴時間を短縮でき、より短時間で多くの情報を仕入れることができるので、有効活用している人も多いかもしれません。このように時間あたりの密度を高めタイパ(タイムパフォーマンスの略。タムパと略す場合もあるが同じ意味)を重視する価値観は、Z世代と言われる若者を中心に広がっています。タイパ(タムパ、以下タイパで統一)とは、タイムパフォーマンスの略で、かけた時間に対する効果(時間対効果)を指します。費用対効果を指すコスパ(コストパフォーマンス)の時間版の意味です。本記事は、そんな「タイパ(タイムパフォーマンス)」という概念と「豊かな時間の過ごし方」という考え方が軸になっています。「そもそもタイパって何?」「タイパを踏まえたビジネスをしたい」「日常生活をより豊かな時間にしていきたい」このような方は本記事を読むことで、世の中の変化やビジネス上での変化を捉えることができます。動画の倍速視聴に見る「時間を無駄にしたくない」意識の高まり動画や音声コンテンツの倍速視聴は、人によってはもう「当たり前」になっているかもしれません。限られた時間を有効に使い、できるだけ効率的に情報を得たり、学んだりしたいと考えるのは当然です。仕事や自己投資における「インプット」を志向した倍速視聴であれば理解が早いのですが、これが「ドラマや映画」の倍速視聴となるとどうでしょうか。たとえばNetflixでは動画作品の再生速度を変えることができますが、映像作品の倍速視聴となると、抵抗を感じる人もいるのではないでしょうか。ただ、これが広がりつつあるのが現代社会です。こちらの記事(「映画を早送りで観る人たち」の出現が示す、恐ろしい未来)にもありますが、「会話のないシーン」や「風景描写のシーン」を飛ばしながら見るという傾向が強まっています。これに対する賛否は置いておいて、ここには「倍速視聴できる仕組みが整った」ことに加えて、「時間を無駄にしたくないという価値観の高まり」が背景にあると考えられます。今、VoicyやPodcastなど、音声メディア・プラットフォームが広がりを見せているのは、「ながら聴き」ができるからです。時間を無駄にしたくないと考える人は、何かをしながら他の何かをする、つまりマルチタスクをしようとします。そういったニーズにフィットしたのが「耳だけ」でインプットできる音声メディア・プラットフォームなのでしょう。コスパ(費用対効果)からタイパ(時間対効果)重視へのシフトタイパ重視へのシフトは、「可処分時間」という概念を使うと理解しやすいと思います。仕事や家事以外で、自分が自由に使える時間を「可処分時間」と言います。一方、収入から生活に必要な費用を除き、自分が自由に使えるお金のことを「可処分所得」と言います。「可処分所得」は、収入を上げるか支出を下げることで増やすことができますが、「可処分時間」だとそうはいきません。ある程度無駄な時間は削れたとしても、上限が1日24時間ということは誰にも動かせません。どんな人にも増やせる量に上限があるのです。さらに、スマートフォンの普及後、まとまった量の可処分時間を確保するのが難しくなっています。いわゆる「すきま時間」にも仕事や連絡が入り込んでくるからです。限られた可処分時間であるからこそ、損をしたくない。そんな意識が若者を中心に広がり、「タイパ」という言葉が生まれたのではないでしょうか。これまでのようにコスパだけを追求していると、タイパが非常に悪くなってしまう可能性があります。たとえば、スーパーAでは150円で売られている野菜が、スーパーBでは130円で売られている。ただし、スーパーBはスーパーAよりも30分遠い。このような場合、「30分かけて20円安い野菜を買いに行く行為」は、タイパが悪いと言わざるを得ません。 もう1つ例を挙げます。安い居酒屋でのいつもの友人との飲み会(2時間3,000円)高級レストランでめったに会えない尊敬する人とのディナー(2時間30,000円)この2つなら、どちらを選びますか?コスパという観点でいうなら、3,000円で2時間過ごせる居酒屋の方がいいですよね。ただ、タイパという観点でいうなら、このように考える人もいるはずです。「いつもの仲間たちと安く飲み会に行く楽しさはあるかもしれないが、おそらく話題はいつもと変わらない。それならば、尊敬する人との貴重な時間を、高級レストランの食事や空間と一緒に楽しむ方が、自分の人生にとって価格以上の価値がある」現代人、特に若者は「時間が有限である」と感じています。そのような変化に伴って、人々のお金の使い方も変わってきていると言えます。ビジネス、エンタメ、日常生活にもタイパが求められるビジネスにおいても、これまではコスパ(時間対効率)の良い商品・サービス・ビジネスモデルが重宝されてきました。具体的には、スーパーやコンビニに並べられる100円のジュースをいかにして90円や80円にしていくか。製造業者や流通業者は、その点を競合と争ってきたわけです。しかし今の時代は、100円のジュースを90円にする努力は「スジの悪い努力」とされるようになってきました。「安さそのもの」は、これまでのような価値を持たなくなってきたのです。日本はすでに物質的には満たされ、「安くて良いモノ」がみんなに行き渡っています。そんな社会では、ありふれた「安くて良いモノ」よりも、「多少高くても質の良いモノ、時間価値を上げてくれるもの」が好まれる傾向が高まります。たとえばUSJでは、「ユニバーサル・エクスプレス・パス」といって、お金を払うことで普通に並ぶよりも早くアトラクションを楽しめるチケットがあります。ディズニーランドの「ファストパス」を有料化したようなチケットです。これを購入する人の心理は、「エンタメ時間もお金で買う」というもの。よくビジネス領域で、「移動時はタクシーを使え」など、「時間をお金で買う」ことの重要性が説かれますが、この時間への意識がエンタメや日常生活にまで及んでいることを示しています。でも、「早けりゃいい」ってもんじゃない。今必要な時間の「快適化」ただし、一般的な感覚として「何でもかんでも早ければいいわけではない」というものもあるでしょう。その感覚の正体は、「豊かさ的時間」ではないでしょうか。時間の節約ばかりを考えてせかせかしているのは窮屈です。必ずしも合理的な選択が人生を豊かにしてくれるとは限りません。逆に、「豊かさ」を感じられる時間なら、時間をゆったりと過ごすことに価値があると感じることができます。たとえば、先ほど例で挙げた高級レストランでの2時間のディナーは、「食事をする」とだけ考えたら、効率は良くないですよね。しかし、その2時間を「高級レストランの優雅な空間で、高品質な接客を受けながら、大切な家族や恋人と食事を楽しむ時間」と捉えることで、その価値は一変します。「作業」や「情報」としてではなく、「体験」として「味わう」ことができれば、その時間は豊かなものになるのです。つまり、時間の「効率化」ではなく「快適化」こそがタイパの本質であるということです。「体験」や「味わう」といったキーワードを軸に考えていくと、他にも「快適化」を志向しているコンテンツがあります。たとえば、短尺動画が流行する一方、極端な長尺動画も支持される傾向があります。ライトなビジネス書が流行る一方で、“鈍器本”と呼ばれる辞書のように分厚い本も一定の支持を集めています。いずれも後者のコンテンツには、「(まるで怨念のような)製作者のとんでもない熱量を感じたい」というニーズが潜んでいます。視聴するのに時間はかかっても、その熱量を享受できるその時間は、人々にとって「快適化された時間」であると捉えられているのです。時間を節約することに価値がある「時間の効率化」と、時間をいかに豊かに、クリエイティブに過ごすか、創造的に過ごすかという方向で価値を追求している「時間の快適化」は、どちらかだけではなく、使い分けることが必要です。効率化によって生まれた「スキマ時間」を、快適化された豊かな時間を過ごすことに使う。効率化ばかりを目指してきた現代人には、今こそ時間の「快適化」という方向性が必要なのです。2種類の時間を使い分けようこの記事では、「タイパ(タイムパフォーマンス)」というテーマについて、時代の潮流を踏まえて述べてきました。動画の倍速視聴という現象から、「時間を無駄にしたくない」意識の高まり、コスパ(費用対効果)からタイパ(時間対効果)重視へのシフトを解説しました。ビジネスやエンタメ、日常生活などあらゆる場面で「時間をお金で買う」タイパ意識が求められる背景を踏まえた上で、「何でもかんでも早ければいいわけではない」という感覚と「豊かさ的時間」「時間の快適化」という考え方を紹介しました。個人としてタイパを高める方法個人として、タイパを高めるのであれば以下の3つの方法がおすすめです。「自由に使える時間」を増やす「必ずしも必要でないことに費やしていた時間」を減らす「時間あたりの密度」を濃くする※詳しくはこちらの記事で紹介しています。ビジネスとしてタイパを高める方法ビジネスとしてタイパを高めるためには、上記3つの「個人のタイパを高めることを助けるサービス」を展開すること。前述のUSJの有料パスや、昨今流行している書籍の要約サービスは、体験や情報収集の時間を節約してくれる意味でタイパを高めています。あるいは、あえて高価格帯のサービスを提供することでユーザーの快適な時間を増やしていく方向性もあるでしょう。また、個々の好みや行動履歴に合わせてパーソナライズしてレコメンドしてくれるTikTokやAmazonのようなサービスも、選択の手間を省いて豊かな時間を過ごさせてくれるツールとして支持を集めています。「効率化」と「快適化」の2つの方向性を使い分け、ビジネスや日常生活のタイパを高めていきましょう。その他の時間価値特集#0 時間価値とは|変わりゆく時間価値と「働き方・生き方」の関係を考える #1 目指せ時間持ち!時間あたりの密度を高め「時間価値の高い人」になる方法とは#2 「コスパ」から「タイパ」へ?求められるタイパ最大化と「豊かな時間の過ごし方」#3 スキマ時間を活用!現代人にスキルシェアが支持される背景と活用法を解説#4 時間価値を高めるカギは、「ワークとライフの融合」にあり。その背景と注意点とは?参考文献時間資本主義の時代 あなたの時間価値はどこまで高められるか?(松岡真宏、日本経済新聞出版「映画を早送りで観る人たち」の出現が示す、恐ろしい未来